会長挨拶

第55回日本小児感染症学会総会・学術集会
会長 吉川 哲史(藤田医科大学 医学部 小児科学)
会長

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックにより感染症分野は一躍脚光を集め、世界中から膨大な数の論文が新知見として発信されています。パンデミックが起きた当初は、小児患者数は少なく重症例も少ないため、社会の注目は成人、特に高齢者の重症化をいかに防ぐかに注がれていました。しかしその後、オミクロン株の出現に伴う第7波以降は小児患者数も急増し、稀に発生する重症化例も報告されるようになり、小児に対するワクチン接種の重要性も増してきました。なぜ当初小児患者数は少なかったのか、またなぜ小児は重症化しにくいのかといった基本的な疑問に加え、子どもたちにとってワクチン接種も含め最適なパンデミック対策はいかにあるべきかといった極めて臨床的な疑問も数多く出てきます。我々小児感染症の専門家には、これらの疑問に対する答えを迅速に導き出し現場に応用することが求められますが、なかなか我が国独自の研究成果に基づいた対応ができず、欧米からのデータを基に対策を講じざるを得ないのが現状だと思います。

昨今、日本からの科学論文、特にインパクトの高いジャーナルに掲載される論文数が減少している状況を懸念する声を多く聞きますが、実際今回のCOVID-19パンデミック以降のこの感染症に関する主要な論文の多くは海外からのものになります。これらは必ずしも日本の現状を反映していない可能性があり、やはり日本独自の研究成果が強く求められます。今後、流行状況の収束に伴い感染予防策が緩和されると、2021年、2022年のRSウイルス感染症の流行のように、SARS-CoV-2感染予防策により感受性者が蓄積していた様々な小児感染症の大きな流行が起きる懸念があります。また、今回のような新興感染症が次にいつ起こるかは分かりません。このような状況下で子どもたちを様々な感染症から守っていくうえで改めて何が大切か考えてみた際に、日本独自の研究データを世界に向けて発信できるような小児感染症のphysician scientistの育成が急務ではないかと思います。臨床経験を積んだうえで一定期間基礎研究に従事することは、若い先生方にとっては足踏みをするように見えるかもしれませんが、その後臨床現場に戻った際に常に臨床的観点に立った研究の遂行が可能になります。これは取りも直さず、臨床現場で有用性の高い研究成果を生み出すことになり、結果的にhigh impact journalへ掲載される可能性が高くなります。私は若い頃、恩師である浅野喜造先生から、自身の研究成果がひいては教科書に載り世界中の小児医療に役立つことの醍醐味を伝えられました。本学会では、一人でも多くの若手の先生方が、希望に満ち溢れた若い小児感染症physician scientistを目指していただけるようにお手伝いができればと思っています。

エンジェルスの大谷選手がピッチャーとバッターの二刀流で大活躍していますが、physician scientistも臨床と研究の二刀流で精進する必要があります。必ずしも容易な道のりではないと思いますが、常に自らの手で子どもたちを守るための新たな手段を生み出す可能性を秘めており、刺激的な日々が送れるものと思います。

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